2008年08月18日

ギリシアのデルフィ遺跡

デルフィは古代ギリシアの都市国家、ポリスでした。現在ここはデルフィの遺跡として、1987年 ユネスコの世界遺産「文化遺産」に登録されています。

アテネから北西へ約170km行くと、古代ギリシア宗教の中心部として栄えたデルフィがあります。ここを訪れると、今でも、その神々しい聖域としての雰囲気をしみじみと感じます。古代ギリシアにあこがれてギリシアを訪れた人は、是非、このオリーブ畑の広がる聖地に足を踏み入れてみてはどうでしょう。

デルフィの遺跡は、アポロン神殿を中心とする神域と、都市遺跡からなります。パルナッソス連山の懐に抱かれ、遠くにはコリンティアス湾を望むこの地では、かつてアポロンの神託が行われました。神託というのは神のお告げです。全盛期は紀元前6世紀頃でした。デルフィの神託は、ギリシア神話にも登場します。また、「オイディプス王」の伝説にも登場しています。

アポロン神殿には、「大地のヘソ(オンファロス)」とされた石があります。ここで神託がおこなわれていたのです。古代ギリシアにおいて世界の中心であったここデルフィは、世界のヘソ「中心」としてあったのです。

タグ:デルフィ, 世界遺産, ギリシア, 文化遺産, アポロン

〔PR〕
脱毛
posted by フー at 11:26| Comment(1) | TrackBack(28) | 日記

2008年07月08日

世界文化遺産「古都京都の文化財」

1993年に法隆寺と法起寺をはじめとする「法隆寺地域の仏教建造物」がユネスコの世界文化遺産に登録されたのに引き続き、その翌年には、修学旅行でもお馴染みの金閣寺、銀閣寺をはじめとする「古都京都の文化財」が同じく、世界文化遺産に登録されました。さらにこの後、1998年には、大仏で有名な東大寺、正倉院をはじめとする「古都奈良の文化財」も文化遺産に登録され、日本の世界遺産ブームに火がついたのです。

「古都京都」とは、京都府京都市・宇治市、および滋賀県大津市一帯です。文化遺産登録の基準2および基準4を満たしていると認定されました。

【基準2】「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。」具体的には、「京都は8世紀から17世紀の間、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとって主要中心地であった。そのように、京都は日本の文化的伝統の創出において決定的な役割を果たし、特に庭園の場合において、それは19世紀以降世界の他の地域において意義深い影響を与えた。」

【基準4】「人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。」具体的には「京都の現存文化財における建築と庭園設計の集積は前近代における日本の物質文化のこの側面に関する最高の表現である。」

対象となったのは、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)のほか、庭で有名な西芳寺(苔寺)や龍安寺、「清水の舞台」で有名な清水寺、さらに、上鴨神社、下鴨神社、東寺、延暦寺、仁和寺、醍醐寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西本願寺、二条城です。

京都には、他にも「鴬張り廊下」で有名な知恩院や、京都御所、桂離宮、嵯峨嵐山など、世界遺産に登録されて決して不思議ではない物件が多数あります。実際、これらの物件の追加登録の計画が浮上しています。

タグ:世界文化遺産, 文化遺産登録, 世界遺産

産後 ダイエット
posted by フー at 23:03| Comment(0) | TrackBack(6) | 日記

2008年07月03日

新たな危機遺産への記載

ユネスコの世界遺産は、登録された後も6年ごとにその保全状況を報告し、再審査を受ける必要があります。例えば、ドイツのドレスデン・エルベ渓谷は城と歴史ある村落で有名ですが、交通渋滞の解消のために橋の建設が計画された際、橋の建設によって景観の広がりが分断されてしまうとして、世界遺産委員会は、「危機遺産への登録」をしました。さらに、世界遺産リストそのものからの除去の可能性も警告しました。橋の入札が停止されたことで、登録抹消されることはなくなりましたが、現在も危機遺産リストに挙げられています。

このように世界遺産としての「顕著で普遍的な価値」が危ぶまれると、危機遺産リストの登録、さらには世界遺産登録の抹消という措置が取られることになります。一方、いったん危機遺産に登録されても、その後の努力で後世へ残されると判断された場合には、危機指定を解除されることもあります。

2007年、ニュージーランドで行われた第31回世界遺産委員会で、新たに危機遺産に登録された案件は3件、危機指定を解除された案件は4件でした。

【新たに危機遺産に登録された案件】
・ニオコロ・コバ国立公園(セネガル 自然遺産)
密猟とダム建設計画による危機に晒されている。ダムの建設計画地が登録地近くの上流であるため。

・サマッラ考古都市(イラク 文化遺産)
イラクの政治的不安のため遺跡の多くの保護が危ぶまれている。

・ガラバゴス諸島(エクアドル 自然遺産)
観光開発の拡大、移住者の増加により外来種の移入が生じている。

タグ:世界遺産 危機遺産 ユネスコ 


〔PR〕 
産後ダイエットキャッシングマイレージ脱毛ボトックスレーシックローリーズファームトランス脂肪酸ドッグカフェトイプードル幼児英語


posted by フー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(9) | 日記

2008年07月01日

危機遺産リストへの登録の意義

「顕著で普遍的な価値」を世界遺産委員会によって認定されると、世界遺産リストに登録されます。しかし、世界遺産に登録されたもののその「顕著で普遍的な価値」の保持が危ぶまれると、「危機にさらされている遺産(危機遺産)」のリストに記載されることになります。

危機遺産リストに登録されると、世界遺産基金からの資金支援や国際的な支援を受けることが可能となります。政情不安や財政難に苦しむ国家にとって、危機遺産リストへの登録は大きな意味を持ちます。また、危機遺産リストに登録されたことで、近隣の開発に歯止めをかける圧力となることもあります。

【自然遺産の危機遺産】
◆「決定的危機」
・ヴィルンガ国立公園(コンゴ民主共和国)・・・ルワンダ内戦によって難民の流入が深刻化。
・ガランバ国立公園(コンゴ民主共和国)・・・キタシロサイが激減。
・スレバルナ自然保護区(ブルガリア)・・・農薬の汚染が深刻化し、世界遺産登録抹消も検討。
◆「潜在的危機」
・アイル・テネレ自然保護区(ニジェール)・・・トゥアレグが起こした内戦に脅かされた。
・ニンバ山厳正自然保護区(ギニア/コートジボワール)・・・鉱山開発が環境破壊につながっている。
・マノヴォ=グンダ・サン・フローリス国立公園(中央アフリカ)・・・密猟が横行し、公園スタッフの殺害なども起きた。

【文化遺産の危機遺産】
◆「決定的危機」
・バーミヤンの大仏・・・ターリバーンにより破壊。
・古都ザビード(イエメン)・・・コンクリート建築の増加によって伝統的な景観が失われつつある。
・ヴィエリチカ岩塩坑(ポーランド)・・・湿気により岩塩のモニュメント類が劣化。
・フィリピン・コルディリェーラ・・・棚田群後継者不足や品種改良の弊害など多面的要因によって二千年来の景観が崩壊しつつある。
◆「潜在的危機」
・ドゥブロヴニク旧市街(クロアチア)・・・旧ユーゴスラビア紛争の影響。
・チャン・チャン遺跡地帯(ペルー)・・・建材である日干し煉瓦の風化が進行。
・ドレスデン・エルベ渓谷・・・橋の建設計画が持ち上がり、世界遺産リストからの抹消が継続審議されている。

タグ:世界遺産 危機遺産 自然遺産 文化遺産

〔PR〕
カシオ 楽一
posted by フー at 00:17| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記

2008年04月11日

中国の世界遺産の数は世界No.3

中国の世界遺産の数は、現在35件で、イタリアの40件、スペインの38件に続き世界第3位です。2006年の安陽の殷墟が指定され、ドイツを抜きました。

アジアの中でもずば抜けて多くの世界遺産を持っています。2番目のインドが26件(2006年)ですから、かなりの大差をつけています。日本が14件、大韓民国が7件と続きます。

歴史の教科書でもお馴染みの万里の長城や秦の始皇帝陵、さらに四川パンダ保護区などもあります。例えば、龍門石窟(下記リスト26.)は、河南省の古都・洛陽にあり、蜂の巣状に広がる石窟の数は大小あわせて約2100以上、石刻像は約10万体に及びます。中国の歴史を証言する世界遺産のスケールは桁違いですね。


01.泰山 - (1987年、複合遺産)
02.万里の長城 - (1987年、文化遺産)
03.北京と瀋陽の明・清王朝皇宮 - (1987年、文化遺産)
04.莫高窟 - (1987年、文化遺産)
05.秦始皇帝陵及び兵馬俑坑 - (1987年、文化遺産)
06.周口店の北京原人遺跡 - (1987年、文化遺産)
07.黄山 - (1990年、複合遺産)
08.九寨溝 - (1992年、自然遺産)
09.黄龍風景区 - (1992年、自然遺産)
10.武陵源 - (1992年、自然遺産)
11.承徳避暑山荘と外八廟 - (1994年、文化遺産)
12.三孔 - (1994年、文化遺産)
13.武当山古建築 - (1994年、文化遺産)
14.ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群 - (1994年、文化遺産)
15.廬山 - (1996年、文化遺産)
16.峨眉山と楽山大仏 - (1996年、複合遺産)
17.麗江古城 - (1997年、文化遺産)
18.平遥古城 - (1997年、文化遺産) ※
19.蘇州古典園林 - (1997年、文化遺産)
20.頤和園 - (1998年、文化遺産)
21.天壇 - (1998年、文化遺産)
22.武夷山 - (1999年、複合遺産)
23.大足石刻 - (1999年、文化遺産)
24.青城山と都江堰 - (2000年、文化遺産)
25.安徽省南部の古代集落群 - (2000年、文化遺産)
26.龍門石窟 - (2000年、文化遺産)
27.明・清朝の皇帝陵墓群 - (2000年、文化遺産)
28.雲崗石窟 - (2001年、文化遺産)
29.三江併流 - (2003年、自然遺産)
30.高句麗前期の都城と古墳 - (2004年、文化遺産)
31.マカオ歴史地区 - (2005年、文化遺産)
32.四川省のジャイアントパンダ保護区 -(2006年、自然遺産)
33.殷墟 - (2006年、文化遺産)
34.中国南方カルスト -(2007年、自然遺産)
35.開平望楼と村落 - (2007年、文化遺産)

中国の世界遺産には3件の複合遺産が含まれます。泰山(01)黄山(07)峨眉山と楽山大仏(16)です。複合遺産はユネスコの世界遺産リストのなかでも少なく、全体で25件しか登録されていません。

複合遺産とは、自然遺産と文化遺産の両方の登録基準を併せもち,自然と人間との共同作品ともいえる伝統的な生活様式を反映している遺産で,世界遺産条約の本旨である自然と文化との結びつきを代表するものである、と定義されます。

世界遺産は851件登録されており、その内訳は文化遺産660件、自然遺産166件ですから、複合遺産が際立って少ないことが分かりますね。日本には1件もありません。

中国の魅力は、その長い歴史のなかで人と自然が調和をとって生活してきたところにあり、複合遺産の多さがそれを証明しているといえるでしょうね。


タグ:中国,世界遺産,自然遺産,文化遺産,複合遺産
posted by フー at 23:26| Comment(1) | TrackBack(4) | 日記

2008年03月21日

ウルル(エアーズロック):アボリジニの聖地

ururu.jpg

オーストラリアのほぼ中央にあり、一般に「エアーズロック」と呼ばれている、ウルル。「大地のヘソ」「地球のヘソ」と呼ばれることもあります。ノーザンテリトリー、ウルル=カタ・ジュタ国立公園の園内に存在します。

ウルルというのは、オーストラリアの原住民「アボリジニ」による呼称です。アボリジニはウルルの周辺に今から1万年以上前から住んでいるのです。ウルルはアボリジニの聖地なのです。

エアーズロックの名の通り、ウルルは一枚岩です。山ではないのです。岩とはいえ、比高335m(標高868m)、周囲は9.4kmにも及びます。これでも世界一ではありません。世界で2番目に大きな岩石です。

ちなみに地球球上で最も大きな一枚岩は、やはりオーストラリアの西部にあるマウント・オーガスタス国立公園のマウント・オーガスタスです。マウント・オーガスタスはふもとから858mの高さがあり、標高は11kmあります。

マウント・オーガスタスよりもウルル(エアーズロック)の方が有名になったのは、その形でしょうね。ウルル(エアーズロック)を観るとその人の人生観が変わってしまうとまでいわれます。陽の移り変わりでさまざまな色に変化するウルル。朝陽と夕陽に真っ赤に染まったウルル、それは見事な美しさです。

現在ウルルには、杭が打たれ鎖が張られて登山路が設置されています。そのため頂上まで上ることは可能ですが、ここはアボリジニの聖地。ウルルには、彼らの祖先が遺した壁画があります。千年ほど前のものと思われるそれらの壁画には、精霊などが描かれています。彼らは、観光客が彼らの聖地であるウルルに上ることを決して好ましく思っていません。

アメリカのネイティブであるインディアンの聖地グランドキャニオンもすっかり白人たちのせいで荒らされてしまいました。世界遺産に登録されたことでいっそう脚光を浴びることとなったウルル。しかし、私たちが山登りをする感覚でこの大きな聖地に足を踏み入れることは、決して許されることではないのです。


タグ:ウルル エアーズロッ アボリジニ 聖地 マウント・オーガスタス
posted by フー at 11:56| Comment(0) | TrackBack(16) | 日記

2008年03月15日

合掌造り集落、白川郷・五箇山

白川郷・五箇山の合掌造り集落は、岐阜県の白川郷と富山県の五箇山にわたる飛鳥地方(飛鳥は奈良だけではないのですね)に位置し、1995年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

文化遺産の登録基準、4と6を満たしており、世界遺産に登録されたのです。

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。

基準6:特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状況にある場合における、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の顕著な例。

合掌造りは養蚕のために屋根裏に棚を設置したのが始まりといわれ、江戸時代にまでさかのぼります。飛鳥地方の白川郷と五箇山の集落地帯は、日本でも有数の豪雪地帯です。そのため雪下ろしの作業を軽減すると共に、養蚕のために屋根裏の面積を拡大できるよう、急な角度をもつ茅葺屋根となったといわれています。

白川郷・五箇山の合掌造りが現在まで残った理由のひとつは、この地域が豪雪地帯であったため、周囲との交通路整備が遅れたたことがあります。また、「結(ゆい)」といって、地域住民が連携形式を組み、合掌造りを守るために補修や茅葺の葺き替えを行ってきたことも貢献しています。しかし、この地域の過疎化や住民の高齢化で、結の活動を維持していくのは難しくなりつつあるといいます。

さらに、世界遺産への登録後、観光客が激増、ここで生活している方々のプライバシーが損なわれるようになりました。2007年度には東海北陸自動車道が開通し、開発の波は否応なしです。
辺鄙な故に残ったともいえる歴史遺産の保全と観光開発、地域住民との摩擦など、世界遺産をめぐる典型的な問題がここでもみられます。
posted by フー at 17:24| Comment(0) | TrackBack(19) | 日記

2008年02月17日

最も新しい世界遺産:石見銀山遺跡

日本で最も最近、承認された世界遺産は石見銀山遺跡です。
「石見銀山遺跡とその文化的景観」は、2007年第31回のユネスコ世界遺産会議で世界文化遺産に登録されました。文化遺産の登録基準である、基準2、基準3、基準5を満たすことが認められたのです。

石見銀山遺跡は世界遺産への認定を一度、逃しています。それだけに地元にとってはうれしい受賞であったことでしょう。

さて、登録の判定の元となった基準2、基準3、基準5とは、次の通りです。

基準2:
ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

基準3:
現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。

基準5:
特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の際立った例。

石見銀山は島根県に位置します。戦国時代後期から江戸時代前期にかけての日本最大の銀山で、日本を代表する鉱山遺跡としてすでに1969年に国の指定の遺跡に登録されていました。

日本政府が「石見銀山遺跡とその文化的景観」を世界遺産の登録の前提となる暫定リストに掲載したのは、2001年のことです。掲載理由は、「東西文明交流に影響を与え、自然と調和した文化的景観を形成した類を見ない鉱山である」ということでした。

しかし、審査にあたるICONOS(国際記念物遺跡会議)は、遺跡の「普遍的価値」について証拠不十分とし、登録の延期を勧告したのです。しかしユネスコ政府代表が石見銀山の特徴である、「山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式」を積極的に紹介したことから、「21世紀が必要としている環境への配慮」がすでに行われていたということで登録に至ったのだそうです。

石見銀山で環境配慮が江戸時代に行われていた、とは驚きの受賞理由ですねえ。作戦勝ちかな。とはいえ、おめでたいことです。


タグ:世界遺産 石見銀山 石見銀山遺跡 ユネスコ 文化的景観
posted by フー at 00:28| Comment(0) | TrackBack(14) | 日記

2008年02月03日

世界遺産の火付け役は「古都奈良の文化財」

日本における世界遺産の火付け役は「古都奈良の文化財」でした。

1993年に法隆寺と法起寺をはじめとする「法隆寺地域の仏教建造物」がユネスコ世界文化遺産に登録されました。その翌年の1994年には、金閣寺、銀閣寺をはじめとする「古都京都の文化財」が世界文化遺産に登録されました。さらにこの後も古都の文化財の世界遺産への登録は続き、1998年には、大仏で有名な東大寺、正倉院をはじめとする「古都奈良の文化財」も登録され、日本の世界遺産ブームに火をつけました。

法隆寺と法起寺をはじめとする「法隆寺地域の仏教建造物」および「古都奈良の文化財」は、文化遺産登録基準の2、3、4、6を満たしている、というのが認定の理由でした。

【基準2】「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。」
具体的には「古都奈良の文化財は日本建築と日本美術の進化のひときわ優れた証拠性を有しており、それらは中国と朝鮮との文化的つながりの結果であり後世の発展に重要な影響を与えることになった。」というのが承認理由です。

【基準3】「現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。」
具体的には、「奈良の建築遺産は、奈良が首都であった時代に開花した日本文化の唯一の証左である。」と言及されました。

【基準4】「人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。」
具体的には、「奈良における皇室宮殿の配置と現存文化財の設計は、初期アジアの首都群の建築と都市設計に関するきわだった例である。」と述べられています。

【基準6】「顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。」
具体的には、「奈良の仏教寺院と神社は、ひときわ優れた形で宗教の連続的な力と影響を証明する。」が認定理由です。

「古都奈良の文化財」の対象となったのは、東大寺および正倉院、興福寺、春日の大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城京跡、春日山原生林です。先に登録された法隆寺と並び、あまりにも有名な奈良の社寺であり、修学旅行などで訪れたことがある方も多いでしょう。


タグ:世界遺産 世界文化遺産 ユネスコ 法隆寺 法起寺 東大寺 正倉院 興福寺 春日大社
posted by フー at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年01月24日

何を満たせば世界自然遺産になれるのか

世界自然遺産に登録されるためには、まず「顕著で普遍的な価値」をもつことが求められます。さらに、次の世界遺産登録基準を少なくとも1つは満たしていなければなりません。

●世界自然遺産の登録基準(1〜6は文化遺産の基準と同じ)

1.人類の創造的才能を表現する傑作
2.ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの
3.現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠
4.人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例
5.特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の際立った例
6.顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましい)
7.ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ、最高の自然現象、または、地域を含むもの。
8.地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには、生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
9.陸上、淡水、沿岸、および、海洋生態系と動植物群集の進化と発達において、進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
10.生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには、科学上、または、保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

認定は各国が暫定リストに掲載して提出した地域が審査されます。審査はユネスコ世界遺産センターが所定の機関間に評価依頼をします。
自然遺産候補の場合は、国際自然保護連合(IUCN)が現地調査をし、報告します。日本では、文化遺産候補は文化庁、自然遺産候補は環境省と林野庁が主に担当します。

日本で世界自然遺産に登録されているのは、2007年現在で、「知床」「白神山地」「屋久島」の3つです。さらに暫定リストに挙げられている自然遺産候補は、「小笠原諸島」です。

知床の場合は自然遺産の登録基準の9と10を満たしていると判断されました。また、白神山地は基準9、屋久島は7と9を満たしていると認められ、それぞれ世界自然遺産に登録されたのです。


タグ:世界遺産 世界自然遺産 ユネスコ 世界文化遺産
posted by フー at 10:17| Comment(1) | TrackBack(8) | 日記

2008年01月18日

何を満たせば世界文化遺産になれるのか

世界遺産に登録されるためには、まず「顕著で普遍的な価値」をもつことが求められます。さらに、世界文化遺産、世界自然遺産それぞれに一定の登録基準が設けられており、少なくともそれらのうちの1つを満たしている、と判断されなければなりません。

【世界文化遺産の登録基準】

1.人類の創造的才能を表現する傑作
2.ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの
3.現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠
4.人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例
5.特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の際立った例
6.顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましい)

たとえば、日本で最初に登録された世界文化遺産である「法隆寺地域の仏教建築物」の場合、上記の基準の1、2、4、6の基準を満たしていると認定されました。また、「原爆ドーム」は6の基準を、「紀伊山地の霊場と参詣道」については基準の2、3、4、6を満たしているとして、それぞれ登録されました。

一方、2007年に暫定リストに記載され、世界遺産への認定を待機している富士山の場合、1990年代初めからユネスコ世界遺産への登録運動が行われてきました。当初は、世界自然遺産への登録を求める方向でしたが、環境整備が整わず、現在はその歴史的背景から文化遺産への登録を求めています。今後、国際記念物遺跡会議による調査が行われることになります。


タグ:世界遺産 世界文化遺産 登録基準
posted by フー at 11:06| Comment(0) | TrackBack(16) | 日記

2008年01月12日

負の世界遺産とは?

日本の世界遺産をご覧ください。現存の日本の世界遺産には『負の世界遺産』が存在します。

 D原爆ドーム(1996年):広島県、『負の世界遺産』

『負の世界遺産』とは、「人類が共有すべき普遍的な価値をもつもの」として、世界遺産リストに登録された遺跡や景観、および自然の中で、一方、戦争や人類差別など、人類が犯した罪を証明するものなのです。『負の世界遺産』は、逆の意味で私たちに忘れてはならない教訓を伝えてくれます。

【負の世界遺産として登録されている世界遺産】

@原爆ドーム(日本)・・・核兵器の悲惨さを伝える建物として負の世界遺産に指定されました。広島原爆でかろうじて残った、元広島県産業奨励館です。
Aアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所(ポーランド)・・・ナチス・ドイツがユダヤ人を虐殺した収容所。ドイツにあると思われている方が多いでしょうが、所在地はポーランドです。
Bトリニダード(キューバ)・・・ロス・インヘニオス渓谷と共に1988年に世界文化遺産に登録。トリニダードはサトウキビ工場で働かされた西アフリカから強制的に連行されてきた黒人奴隷たちのことを記憶するために指定されました。
Cバーミヤン遺跡・・・タリバン政権によって破壊された遺跡。記憶に新しいですね。
Dロベン島(南アフリカ共和国)・・・人種隔離政策に反対された人たちが収容されました。マンデラ大統領が幽閉された島でもあります。
Eゴレ島(セネガル)・・・奴隷貿易の拠点だった島です。

世界遺産をめぐる活動の中心である、ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とあります。このような視点から、人類が犯した悲惨な出来事を人びとの記憶にとどめ、二度とその過ちを繰り化さないようにするために登録されたのが、負の世界遺産です。

ただし、負の世界遺産に指定されたもの以外にも、鉱山や工場の遺構など、負の遺産と呼べるものは多数存在します。負の世界遺産指定の定義ははっきりしていません。

この日本にも負の世界遺産である原爆ドームが存在します。教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さない、というユネスコ設立の理念を考えるとき、日本の原爆ドームは普遍的な負の価値を有するものであることは疑いがありません。


タグ:世界遺産 負の世界遺産 原爆ドーム アウシュヴィッツ
posted by フー at 12:30| Comment(0) | TrackBack(17) | 日記

2008年01月07日

日本の世界遺産

現在、日本でユネスコの世界遺産に登録されている文化・自然遺産は、2007年現在、14件あります。自然遺産は3件、文化遺産は11件です。

iwmiginzan.gif
2007年のニュージーランドにおけるユネスコ世界遺産会議で、島根県の「石見銀山遺跡とその文化的背景」が文化遺産に登録されました。石見銀山に続け!と、各地でますます世界遺産登録運動が盛り上がりをみせています。


●現存の文化遺産11件(指定順)
@法隆寺地域の仏教建造物(1993年):奈良県
A姫路城(1993年):兵庫県
B古都京都の文化財(1994年):京都府
C白川郷・五箇山の合掌造り集落(1995年):岐阜県および富山県
D原爆ドーム(1996年):広島県、『負の世界遺産』
E厳島神社(1996年):広島県
F古都奈良の文化財(1998年):奈良県
G日光の社寺(1999年):栃木県
H琉球王国のグスク及び関連遺跡群(2000年):沖縄県
I紀伊山地の霊場と参詣道(2004年):和歌山県・奈良県・三重県
J石見銀山遺跡とその文化的景観(2007年):島根県

●現存の自然遺産3件(指定順)
@屋久島(1993年12月):鹿児島県
A白神山地(1993年12月):青森県・秋田県
B知床(2005年7月):北海道

石見銀山に続け!と次の認定をめざいているのは、2007年現在、文化遺産候補が7件、自然遺産候補が1件です。これらの価値が認められると、世界遺産として登録されることになります。

●候補の文化遺産8件
@鎌倉の社寺や構造物:神奈川県
A彦根城:滋賀県
B平泉の文化遺産:岩手県
C富岡製糸場と絹産業遺跡群:
D長崎の教会群とキリスト教関連遺産:長崎県
E飛鳥・藤原の宮群とその関連遺跡群:奈良県
F富士山:静岡県・山梨県
G国立西洋美術館本館:東京都

●自然遺産
@小笠原諸島:東京都

posted by フー at 13:40| Comment(1) | TrackBack(14) | 日記